行方不明になった夫


戦友との会合後、私を家まで送った彼が、
その後丸二日、行方をくらました。
なんとも腹立たしいことだ。
一日目は、今日は仕事が立て込んでいるので家に帰れないとの連絡があった。
これは正解。
嘘をつく人ではないのでこれは真実であろう。
しかし二日目は、連絡無し。
これはとても不正解。大ペケを四つほど顔に筆で書いてやりたいくらい完全に不正解。
しかもこちらから連絡しても応答無し。
私も仕事があったし、連絡しても応答が無い者の気持ちを知れ、と
私は、その後夫からあった電話を丸12時間、無視し続けた。
無言の反抗である。
夜も更けこみそうな時間帯、勤務先の社長様とその彼女様と
その美味さにシビレた寿司を堪能してるところで、
さすがに可哀相になったので電話に出てみることにする。
普段なら、その時間に連絡も無しに私が外に居る事に激怒する夫であったが、
開口一番、言い訳をするでもなく、謝罪の言葉をかけるでもなく、
私のご機嫌取りにかかった。
なんとも新しい手法だ。
私のご機嫌をとるとは。
私が彼に自分の怒りを露わにしたことは今までなかったが、
「お元気ですか・・?」
と恐る恐る訊いてきた夫に
「何がお元気ですかですか、どうやったらお元気になれるんですか、教えて下さい。」
と返した。
「仕事の合間を縫って君に会いに行くから・・・」
との言葉で電話を切られる。


家に帰って、前日玄関に出しっぱなしにしておいた傘を
畳んでいたところでインターフォンが鳴る。
玄関を開ける。
上体をやや後ろに倒して、たまたま持っていた傘を振り上げて、顔を斜めにして夫の顔を睨む。
向こうはこの私の緊張感が全く読めないのか、
最早そうするしか方法がないのか、ニヤニヤしてる。
「あなたは誰ですか?」
「ワタシは、あなたのダナサンです。」
真面目に答えるなー!そしてそれいうならダナサンじゃなくてダンナサンじゃー!
会いたかったよー、とジャレついてきた。
お前は犬か。というか会いたかったなら帰ってこい、お前の家はここじゃ。
家に帰ってきたならいつでも私に会える。
しかもさっき、
「仕事の合間を縫って君に会いに行く」って言葉、
私達は恋人か?会いに来るんじゃなくて、帰ってこい!!


そう思って喉元まで出かかった言葉を全て飲み込んだ。
笑顔になると、そのいかにも神経質っぽい顔が、
子供のようになる笑顔に私が完敗。
文句一つ言わないで、再び夫を仕事に送り出した。
私のご機嫌を取った彼も安心して仕事へ出る。
なんとも安い私だが、それもこれも惚れた者負けの世界。


しかしなんとも腑に落ちず、
手紙を書いた。
携帯メールで送った。
初めは怒りのメールであったが、一見丸く収まったのに
またそれを掘り返すのも筋違いであるし、
たぶん予想外の結果をもたらすであろうと危惧したので、
それを全て書き換えて、原点に返り、
それはそれは濃い濃いメールを送りつけた。


帰宅した夫を労わって肩を揉んでいたら、
「メールありがとう、感動した。俺をあんまり感動させないでくれ。」
と言われた。
それは私から離れられなくなるからあまり感動させるな、という意味であった。
私はそれは望むところだ、と思った。
君のその感情にブレーキをかけるところが意味が分からない。
もっと感動させてやろうと決意した。