牡牛座の男

本日は、夫の誕生日であった。
入籍一ヶ月記念同様、特別なイベントをするでもなく、
二人で自宅で普通に過ごした。


昨日、嫌な夢を見た。
彼と大喧嘩をする夢である。
ついに夢の中で「離婚」の二文字まで出てきた。
夢の中で怒り狂っていた夫は、右手に包丁を手にしていた。
何故そんなに彼が怒っていたのか理由は分からない。
ただただ自分の思いを理解してもらえない事に
夢の中で泣き喚いていた。
相変わらず夢の中でも悲観的な私である。



夢と云えば最近不思議な夢をよく見る。
一昨日に見た夢は、
夜、誰も居ない大通りで、一人私は道を歩いていた。
人っ子一人も居らず、車も通っていない。
きっと虫一匹さえ居なかった。
目にするのは二車線ずつある大きな道と、
その脇にある暗い街灯の燈るアーケードつきの歩道。
星も見えない空には満月、
そこを一人歩く人:私。

前から車の明かりが見える。
普通車というよりはバンみたいな少し大きめのかわいい車。
私の少し前で停まると、そこから夫が出てきて、
黙って私の手をひくと、私を車に乗せた。


そういう不思議な夢だった。
二日続けて不思議な夢を見る。
この夢の話には続きがある。


昨日見た彼と大喧嘩をする夢は正夢であった。
夢で言われたセリフそのままを現実でも言われた。

現実と夢とを混濁しながら私は現実を生きた。
現実の世界で彼の怒りが一区切りついたところで、
私は夢の中の私がそうであったように、
「今日こうやって貴方と喧嘩する事を私は知っていた。
 夢と同じ事を貴方はそっくりそのままさっき私に向かって言った。」
そう息も絶え絶えに彼に伝えた。


彼は天のどこかにいる誰かが、正夢を見させることがあるけれど、
正夢は心の綺麗な人間しか見ることが出来ないのだとか。
私が正夢を見たとかどうかとかそんな事は私にとってどうでもよくて、
もっと心穏やかに、平穏に、平凡に、幸福に暮らしたいだけ、
ただそれだけを願って生きているのに。
でもそれは私にとってだけではなく、誰にとっても実は一番贅沢な事。
彼が眠りについてから私は浴室に篭った。


結婚してからしばらく安定していた私であったが、
最近、特にここ数日は予期せぬ出来事から彼と口論になり、
不安定になる事が多かった。
そういうバイオリズムの激しく上下するのに、
自分自身がついていけなくて、やるせなくなった。
久々に死を感じた。
しばらく物思いに耽ってから、
そこで私はつい先日、友人から言われた言葉を思い出した。
なんの前兆もなく、
君が生きていないと生きていけないから、君だけは生きていて。
そう言われたその言葉を、その約束を思い出して息苦しくなって泣いた。


それから一頻り泣いて、普通の自分に戻って、
何もしたくない、出掛けたくない自分もいたが、
彼の誕生日に何もしないのはやはりナシだろう、と
気分転換がてら、彼へのプレゼント探しの旅がてら、
都会の喧騒へと自ら身を置きに行く。
人は概してこういう気分の時は不思議な事に、
喧騒に不快感を感じながらも、自ら喧騒へと紛れようと行動に出る。
眠っている彼を一人残して、置手紙を書いて家を出た。


予算が何せ低いので、何にしようかと彷徨いながら、
しかしながら入る店々で、いちいち店員とコミュニケーションを取る程の
気力もなかったので、イヤホンをして思い切り音量をあげて、
一人の世界に入りつつ、物色に耽った。


たまたま通りかかったジッポ売り場を横にして、
なんとなくピンときて、ライターにすることにした。
そこの店員さんが非常に感じの良い人で、
久々に気持ち良く買い物できた。
やはり買い物するならこんな人から買いたいものだと再確認した。


それから自宅最寄駅に戻り、
花屋で花束を買って、ケーキ屋でケーキを4つ買って、
家に到着する。


出る時にテーブルの上に置いておいた置手紙は、
帰ってくると彼の手の中におさまっていた。
手紙を読んで再び眠りに落ちたらしかった。


無理に起こすこともせずにネットしたりして彼が眠りから覚めるのを待った。
しばらくしてボサッッっと徐に起き上がって、
半分以上眠ったまま彼がシャワーを浴び始めた。


タイミングを見計らって怒涛のプレゼント攻撃をする。
いつも彼に何かをあげるときに、私はその喜びの顔を何度となくみたいがために、
常に三つのプレゼントをする事にしている。
(しているわけじゃないが結果的にそうなっている。)
バレンタインデーの時も三つのチョコレートをあげた。
今回も、誕生日おめでとうの言葉と共に、まずは花束をあげた。
男性に花束をプレゼントするのは生まれて初めての事である。
綺麗な色の花だね、そう言って彼は花束を受け取った。
それから冷蔵庫に入れておいたケーキをあげる。
そして最後にライター。


こんなにいくつも買わなくて良かったのに。
そう彼は言ったが喜んだ顔に私は満足だった。
意外と趣味が統一されてなくて、ツボが分からないので、
散々選ぶ時に迷ったライターだったが、
結果的に予想以上に気に入ったらしく、ひとまず安心。
それからケーキを頬張る。


四つ買ったので、二日間かけて、
二人で二つずつ食べよう・・・、と私は考えていたのだが、
なんとも豪快に、ケーキ四つを全て半分ずつ一気に食べて、
残り半分の欠片になったケーキ四つは、全部お前が食べろと言われた。
そんな風な食べ方をする人を見たのは初めてだったので、
ちょっと面白かった。
人の思いを無駄にしない人である。
こういう所が彼の長所であると思った。


それから彼はライターを嬉しそうに眺めながら
家を出て仕事へ向かった。
3時間後、さらに私の携帯が鳴り、
「今日の朝はごめん。そして今日は本当にどうもありがとう。」
そう、電話で私に告げた。
それで全てが収まった感じがした。
なんとなくしっくりした。


こうやって心に開いた穴が埋まって、
今日も一日が終わる。