昔の恋人と私

デートというデートって今までした事あったか?
確認したところ思い当たらなかった。
いつも二人で出掛けるにしても行き当たりばったりだったから。
なんて可哀相な私。



今日は遠出をした。
二人で電車に揺られる事約一時間。
海まで行ってきた。東京の海。
電車に長く揺られる事に半年前は物凄く抵抗していた彼であったが、
彼も最早、日本人化しているのか。
今日は全く文句すら言わずに電車に二人で揺られた。
駅で電車を待っている時に、突然カマをかけてみた。
実際彼が他の女と浮気している事は感じていた。
私をナメるでない。
そこらの女よりもずっと賢いぞ。
というか申し訳ないくらい、自分でも嫌なくらい私は勘がいい。感じる事が出来るのだ。
そんな私と結婚してしまった彼にご愁傷様、と言ってやりたいくらいだ。
(実際、ご愁傷様と言ったら末恐ろしがっていた。後日談)
だから、
「私は知ってるよ。でもあなたがもしも誰かと寝ていたとしても
 その人よりも私を大事にしてくれてると確信しているから問題じゃない。」
そう言ってやったんだ。
突然そんな事を言い出した私に、
君にはかなわないよ、そう彼は私に言った。
でもこれは私の本心だった。
結婚前はいつもいつも自分の中で二人の自分が言い争っていた。
もしも彼が私以外に女が居たとしたら、、不安で死にそうだった。
結婚して、そこが強くなれたところか。
他の女がいたとしても私は彼の妻だ。
そして私は彼の私に対する思いに満足している。
私を満足させつつ他の女と関係する余裕がある彼のキャパシティーに寧ろ脱帽なくらいだ。
だからもしも彼の中で私以外の誰かの存在が私の存在よりも大きくなったとしたら、
その時はもちろん大いに問題だし、
そこまで侮辱されて黙っている程、私は自尊心の無い女ではないが、
でも彼の中の9割が私であるのならば、
あとの1割は何をやってくれたって構わない。
別に寝たっていいよ。
彼が私の下へ帰ってくる事を私は知っているから。
だから私は電車を待ってる時に笑いながらそう彼に言ったんだ。


それから小一時間、電車の中で話をした。
彼は7年前に一緒にいた恋人の存在を今だ忘れられないでいる。
私も知っている。いや、正確には知らない。
以前に彼とその恋人が一緒に写っている写真を見て、
その他のどの写真よりも彼の顔が安らぎに満ちているのを目にして、
彼がその恋人との痛みを口にするよりもずっと前から、
彼の中でその恋人が彼の心の中にずっと居続けているのを感じていた。
だから何を言われたって驚かなかった。
だけど過去に思いを馳せる彼に、
時間は誰にとっても平等で、同じだけ時間を与えているのに、
今なお7年も前の恋人に思いを馳せる彼に、
私は今は何処で何をしているかもわからない、
7年前の彼の恋人に嫉妬していた。


昨日一睡もしなかった彼は、
話し終えた後、電車の中で私の肩にもたれかかって眠ろうとしていた。
しかし正面にある窓に写った眠っているはずの彼は、
目を大きく見開いたまま一点をただ見つめ続け、
まるで彼の魂はこの日本ではない何処かにあるようだった。
しばらくして顔を上げた彼は私に言った。
君の肩にもたれていたら彼女の事を思い出した、と。
それから彼の思うように話させた。
私はただじっと聞いていた。
もちろん人種が違うから彼女と私の顔が似ているという事はない。
でも笑った時の表情だとか、話し方とか、彼女の感覚と私の感覚は、
似ているのだ、と彼は口にした。
彼の話を聞いていて、7年前の恋人との思い出を、
まるで昨日の出来事かのように鮮明に、まるで彼女がさっきまで居たかのように、
一挙一動を言葉に変えた。
私も、彼の中で美化され最早その幻想とも夢とも言えない思い出の中に身を置いた。
思い出の中の彼になったり、彼の恋人になったりして、7年後の現在の彼の話を聞いた。
そんな彼女と私が似ているだなんて思いもよらなかったが、
そんな風に甘く切ない過去を、私に話す彼を見て、
もしもいつか私たちが離れるような事があったら、
彼は新しい彼の恋人に私の事をこんな風に話すことはあるだろうか。
それが気になって別れてみたくなった。
家に帰ったら、こっそりまたその恋人の写真を見てみようと思った。


一時間電車に揺られ、そこからバスに10分揺られ、
海まで行った。
海の匂いと芝生の匂いとで、体が蘇ってくるかのようだった。
しばらく海を眺めて、大観覧車に乗った。
観覧車に乗るのは久しぶりだった。
意外と自分が高所恐怖症である事に気付かされ、
いや、高所恐怖症というより閉所恐怖症である事に気付かされ少々ヘコんだが、
地上117メートルから見る夜景はとても素敵であった。
観覧車に乗る直前にそこの従業員にパシャリとやられた写真が、
観覧車を降りる頃には、へんな厚手の紙枠に入って売られていて、
その観覧車の名前とかが入ってるイケテナイ二人のツーショット写真を購入した。
写真の中の私達はなんだかよそよそしくて、こんな写真いらないって思った。


それから再びバスに乗って電車に乗って帰ってきた我が町へ。
綺麗だったな夜景。
早く家に帰ってこっそりあの子の写真を見なきゃ。