思うこと

久々に彼について思うことがあった。
おかげで思い疲れで仕事帰りに電車で眠ってしまい、
自分の駅で降りる事が出来ずに始点から終点まで2往復した。
こんなの高校以来初めて。


昨日早朝彼が帰ってきた。
インターホンが鳴って玄関を開けると、
そこには明らかに酔っ払った彼が居た。
右手にはビール瓶。
酔っ払いながら早朝にビール瓶片手に帰ってきた事に人間として軽蔑した。
そのまま玄関に倒れ込み、自力ではもう立てないくらいの悪状況。
ベットまで引き摺っていった。
そのまま酔っ払いの話を聞くことになる。
基本的に彼は寡黙な人間である。
しかし獰猛な人間でもある。
まるでそれは黒豹のように。
そんな彼がこんな時は正直に心の内を吐露する。
だから聞いていた。じっと聞いていた。


正直言って、結婚して変わったことと云えば、
私の心の持ちようだけであった。
元々一緒に生活を共にしていたわけだし、新居を構えたわけでもなく、
そういった目に見える分には何も変わりはなかった。
一方で目に見えない部分で私の心は変化しつつあった。
彼が私の夫であるということ、
私が彼の妻であるということは、
意外にも二人の中で、結束を深めていた。
短い時間離れていても、すぐに不安に陥る私は、
夫婦という関係を得て、繋がっている事を殊に感じ、
それによって私自身も自信を得ていたし、そういう安心感に浸っていた。
ただその自信が私を我儘にさせていく部分もあった。
結婚前の私を好きで、結婚前の私を受け入れてくれたのであれば、
私は結婚前の自分を保ち続けなければいけないのだと或る日気付き、
極力自分に言い聞かせ、そしてそのように努力していた。
結婚するという事は、二人の関係の構築する努力を放棄する事ではない。
むしろ恋人で居る時は別れる事によってそれを簡単に放棄する事も出来た。
しかし夫婦となった以上、恋人で居る時よりも相手を無視出来なくなる。
まさにそれは始まりなのだと感じていた。
しかし彼の中では、何かが終結していたかのように感じていると感じていた。
もちろんそれは消極的終結ではなく、積極的終結であるという風に信じていた。
しかし、恋人時代は腕を組んで歩いた道を、腕を組んで歩いてくれない、だとか。
私が夜遅くに帰宅すると、酷く怒るだとか、
浪人時代の男友達から久々に電話があって話していると、怒って家を出て行くだとか、
そういう小さな事からもしかしたら彼は私を愛しているのではなく、
所有していると思っているのではないか、
という一抹の不安が私の心を過ることがあった。
私は確かに彼を愛しているけれども、
彼は自分を愛する人を必要としているだけではないだろうか、
とかいう不安が私の心を過ることがあった。
今まではそういった不安で心が押し潰されそうになっていたが、
それを問うこともせず、夫婦であるという事実だけが私を強くさせていた。


昨日早朝帰宅した彼が発した言葉は、私が常に耳にしたかった言葉だった。
だんだん君の事を愛し始めている、と。
私は彼を愛している。
愛し始めるのに長い時間なんて必要か?
彼には時間が必要だった。
私の事を大切に思って、誰よりも大切にされていることを確信していたが、
彼が私に「愛している」という言葉を口にする事は無かった。
逆に言えばそれほど彼にとって人を愛する事は、誰かに愛していると言う事は、
とても大切で、重いものであった。
だからこそその言葉にはとても意味があって、私の神経を痺れさせるものでもあった。
涙が零れた。
その後彼は右手で壁を思い切り殴り始めた。
その腕を掴んでそれを止めると、今度は頭を思い切り壁にぶつけ始めた。
私もあまりに堪え難い事が頭を過り始めると自分で壁を殴ったり、
頭を思い切り壁にぶつけて現実逃避して痛みに逃げたりすることがある。
別に彼から学んだ事ではなかったが、目の前で彼も私と同じ事をやっていた。
咄嗟に彼の頭を抱えた。
「お前がいけないんだ。お前の過去が赦せないんだ。考えるとどうしようもないんだ。」
そう言った。
彼は相変わらず私を赦せないでいる。
その葛藤なんだ。
その後彼は私に言った。
「お前と一つになる時に何も感じない。過去を思うと感じる事が出来ない。」と。
彼から離れて狭い家の中の彼から一番離れた所まで走って泣き崩れた。
自分の耳を疑った。その衝撃に堪えられなかった。
今度は私が頭を壁にぶつける番だった。
彼に触れられたくなかった。後ろから抱きしめようとする彼を突き飛ばした。
こんなにも私を傷つける言葉はたぶん今まで生きてきて無かった。


彼の真意が分からなかった。
いや、分かっている。痛いほど分かっている。
彼自身も自分を制御するのに精一杯なんだ。
だからこの話題を彼自身出さないよう常日頃気を付けている。
この話題を出せば彼自身自分を制御できなくなって
私を傷付けるような事を口にしてしまうことを恐れているから。
彼は私が悲しんだり傷付いたりするのを何より嫌がる。
でも彼が私を傷付ける。
そういうもんなんだきっと恋愛って。
相手を傷付けて自分の思いを、自分の痛みを分からせたりしようとしてしまう時がある。
だからその痛みすら受け入れるよ私は。
その痛みを私の痛みに変えられるのであれば、それすら私は受け入れるよ。