韓国最終日


三日目はなんだか私の精神状態が二人の関係に諸に影響してしまい、

なんとなく変な雰囲気で二人とも夕方には眠りについてしまう。

最後の晩餐用にと、ホテルのフロントで両替した48000ウォン(約五千円)も

結局その活躍の場を失い、午後10時に目覚めるものの、

私の精神と密接に関係している胃は明らかに異常をきたしており、

ご飯食べに行く?との彼の問いかけにもノーと答え、夕食はとらずに不貞寝した。

しかしながら朝6時になにせガイドが迎えに来るもので、

早朝4時に起きてお風呂に入り、テレビを観賞しつつ、パッキングを進めた。

眠りから覚めてなんとなく変な雰囲気は解消されたようだった。

午前5時半には二人とも準備を終え、韓国を去っていく事を思う。

ホテルのロビーに下り、迎えのバスを待つ。

時間通りに私達を迎えに来たバスに乗り込み、

同乗していた日本人のツアー客達と共にガイドの話を聞きながら、

まだ夜も明けずに真っ暗なソウルの市内を空港へと向かう。

昨日を引き摺っているのと、旅の終章を惜しむのと、空の色のせいで、

感傷的な気持ちで窓の外を眺める。

私の微妙な心の動きをすぐに感じ取る彼が、私の手を握り締めた。

まだ眠っているソウルの景色と三日月が綺麗だった。



途中、有無を言わさずキムチ専門店に降ろされる。

早朝7時のこの時間に、キムチのレクチャーを強制的に受けさせられる。

彼がじっとしているワケがない。

7種類ものキムチを味見させられ、面白いので落ち着きのない彼にも食べさせてやった。

見た目から、

こんな虫が入ってるかもしれないようなもの(かなり失礼だ)を食べられるか!

などと罵倒していた彼だが、とにかく食べさせた。

初め、眉をしかめ、ありえない顔をしていたが、

・・・おいしい、かもしれない。

という彼の言葉を私は聞き逃さなかった。

販売員のおばさんの威力にも負け、キムチをひとつお買い上げた。

一つ13000ウォン(約千三百円)であった。

かなり高級品だと思うのだけど・・・。



何はともあれキムチを買って、いよいよ今度こそ空港に向かった。

空港は早朝にも関わらず、かなりの混雑をみせていた。

しかし他の諸外国とは違って、日本同様かなりシステマティックな韓国のおかげもあって、

スムーズに順番は回ってき、さほどストレスを感じずにチェックインと

出国審査を終える。

免税店で再びタバコを1カートン買い(もちろん彼の煙草)、

私自身はちっちゃなキーホルダー的なものを旅の思い出に買い、

またしても飛行機に駆け込んでいった。

行きは成田からソウルまで二時間であったが、帰りは偏西風の影響もあってか、

さらに早いらしい。

右に彼、左に韓国人の少年を仲間に、今年二度目の緊張の一瞬。

無事に飛んだ。

明らかに東アジアな顔をしていない彼を見て、少年は彼に英語で話し掛けてきた。

成田までの一時間半強、それぞれ国籍の違う三人でしばし会話を楽しむ。

その会話の一部始終を、少年は逐一、自身の母親に報告しながらの会話であった。

あっという間に成田に着いて、少年は私達との別れに今にも泣きそうであったが、

人生は出会いと別れである、為す術もなく、別れた。



リムジンバスの激しく往来するバスターミナルで、

成田到着を祝する一服をする。

そして14:13発成田エクスプレスに乗り込み、新宿に向かう。

新宿で乗り換えて我が家に向かう。

自宅の最寄駅に降り、久しぶりに我が町に帰ってきたことに、

帰国したことを実感する。



旅へ出る前と同じ日常に戻ると、旅へ行ったことがなかったかのように感じる。

一人で旅の思い出を思い返しても、その日見た夢を反芻するかのようで心許無い。

韓国で撮った写真、韓国で買ったキムチ、韓国で話した色々な事。

その事を彼とこの日本で共有することだけが旅へ出た証拠である。



ここに韓国、三泊四日の旅が終わる。