私は生きていく


考えに考え抜いた結果、ある意味達観の域で、
結婚する事に決めた。
婚姻届は二週間程前から私の手元にあった。
名前を書けずに、判を押せずにずっと考えていた。
考え方の視点を変えてみて、
悲観の海から楽観の丘へと上がってみた。
彼が私にとってどんな存在であるのか、改めて考えた。
今までずっと海中から、水面越しにしか見ることの出来なかった空を、
水面越しにしか感じることの出来なかった太陽を、
やっと私は自分の目で肌で確認する事が出来たような感覚を覚えた。
それだけで私は充分だと思った。
彼と結婚しよう。


婚姻届の証人の欄は、
私の一番大切な友人達にお願いした。
自分を誤魔化す事は出来ても、彼女達を誤魔化すことは出来ない。
私と彼と彼女達二人の名前が並んでいるこの紙切れが、
とても神聖なものに感じた。


夜中一時半、私達は家を出て、
一つの傘に二人、身を寄せ合いながら、
区役所までの道のりを彼の左腕をとりながら歩いた。
彼の歩幅は私の一.三倍だ、などと考えながら歩いた。
静かに歩いた。
雨が冷たかった。
あっけなく、私と彼は夫と妻になった。
二人で笑いながら家まで歩いた。
さっきまで恋人だった私達は、帰り道、夫婦になっていた。


何も変わることはない。
恋人であろうが夫婦であろうが。
これからも私達は歩き続けていく。
その手を離すことがあっても私は歩いていく。
この街でこの家で、私達は暮らし続けていく。
どんな形であっても私は生きていく。
ただ今日の日が、忘れらない一日になる事は間違いない。


私は言いたい。
私の友人達に、
本当に感謝している、と。
言葉は心を越えない。
ただ、他に言葉がみつからない。
それだけがもどかしい。
でもきっと分かってくれる。
彼女達なら私がどんな思いでいるかを。


ありがとう。